2017年01月26日

祖父と沖縄戦

  祖父はまだ幼い母を残して戦死しました。祖母から生前、防空壕作りに駆り出されたり竹槍訓練をした話はよく聞かされましたが、祖父の話はあまり聞くことはなく、私にとっては軍服姿の遺影が全てでした。しかし祖母は元気な頃に遺族会で何度か沖縄へいき、慰霊の旅をしていました。沖縄の民間人と一緒に壕にいたところ米軍の襲撃にあいました。骨も混ざって埋められたので祖父の墓には骨はなく、沖縄の石があるだけです。

 私にとって沖縄は観光地ではなく、戦争に巻き込まれ多くの命が奪われた地であります。
 結婚して2回ほど沖縄へ訪れましたが、父が眠る慰霊塔をみて、帰りたくても帰れなかった多くの英霊や、戦争に巻き込まれなくなられた民間人の方々を想い、胸がしめつけられました。

 また、ひめゆり平和祈念資料館には若くして看護師としてかりだされた女学生の資料があります。戦争さえなければ幸せに結婚し家庭をもっておられただろうに、と考えさせられます。

 旅行のチラシや雑誌では明るく賑やかな沖縄のイメージがありますが、それ以上に沖縄戦がもたらした悲劇を忘れることなく手を合わせるのが亡くなられた方々への礼儀かなと思っています。

 祖父がどんな人だったか知る人はもういません。
 ただその後見つかった一枚の写真をみてわかったことは、顔が母とそっくりだったということ。

 親子だから当たり前なんですが、父が戦地へ行った頃母は幼かったので顔を知らなかったそうです。

 ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ
そしてノーモアオキナワ

 悲劇は繰り返してはなりません。

さいごまでお読みいただきありがとうございます。
ラベル:慰霊 沖縄 沖縄戦
posted by おはなはん at 21:13| Comment(0) | 太平洋戦争 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください