2019年11月07日

発達障害と向き合う⑪ 大学生 そして就職

春になり、アパートへ引っ越しをした当日のうちにまずやったことは、アパートから大学への通学練習でした。

田舎と違い込み合った都会の街中、しかも家がごちゃごちゃ立ち並ぶ古い住宅地。

明日から入学前のガイダンスがおこなわれるそうなので、大学までのルート確認をしなければなりません。

今ではスマホで簡単にルート確認ができますが、当時は不動産屋からもらった住宅地図をもっての確認でした。

その際にスーパーやコンビニ、病院の確認もしました。

長男は急な変更が苦手で、何かあっても困ったことが起きても助けを言えない性格です。

事前予告や練習はスムーズな生活移行に有効です。




大学生活がスタートし、長男は兼ねてから興味があった居合道をクラブに選びました。

小学生の時から時代劇が好きで、侍に憧れていました。そのせいか日本史を選択していました。

これで良いのです。自分が好きな勉強をいくらでもやることができるのが大学、どんどん突き詰めれば良いのです。

支援室も長男の単位登録から大学生活など相談にのってくださいました。

発達障害に対応できる大学だからこそ、順調に学生生活を送ることができたのです。

成績表が送られてきましたが、全く問題はなく本人なりに楽しんでいる姿が見えました。

一人暮らしとあって自炊は大丈夫かなと思いましたが、結構悲惨な食生活をしていたようです。

冷凍食品の弁当用シュウマイ(3個ずつトレーに入っているもの)を一日3個ずつおかずにして食べたり、大学の食堂では150円のかけそばを

食べて昼ご飯を済ませたり。コーラだけで終わることもあったようです。

それでも家に何かを送って、と言ってくることはありませんでした。



3回生の時に予備自衛官の教育?訓練?をうけました。長男が望んだことです。

(大阪の某議員が一緒に予備自衛官の訓練を受けたそうですが、あまりにキツイ訓練で脱落したらしい。)

和歌山紀伊水害での自衛隊の活躍をメディアで知って以来、ずっと興味を持っていました。

「僕は卒業してサラリーマンになる姿を思い浮かぶことはできない。」

そう言っていた長男。

大学で就職セミナーが開かれ、様々な企業がやってきた中で長男は自衛隊のブースへ行き、ずっと話をしていたそうです。

4回生で自衛隊の幹部候補生試験を受けました。1次は合格しましたが、2次は力及ばずでした。

それでもいわゆる就職組の試験を受け無事に海上自衛隊に合格しました。

海上自衛隊を選んだのは長期間航海をする手当てがあったからだそうです。確かめてないので私はわかりませんが。

また、長男は「日本海軍の海事史」という卒論発表をしました。

卒論でも海事史を選んだのだから海上自衛隊を選んでも違和感はありません。

就職先もきまり、アパートを引き払う日に早朝到着した私と家族。

目にしたのは...まさにゴミ屋敷

足の踏み場もありません。洗濯をするのが面倒だったのか汚れてそのまま投げ散らかされた衣類。

ペットボトルの山々山...

片づけとゴミ出しに半日以上かかりました。

一人暮らしが始まる前に掃除や洗濯、片づけの事を躾けておけばよかった。

きっと一人で何もかもしなければならないことに嫌気がさしたのでしょうね。

さていよいよ卒業して海上自衛隊の教育隊に入る日が来ました。

自衛隊は集団生活。自分で洗濯や整理整頓も当たり前に訓練で身に着けさせられます

発達障害でコミュニケーション力がおぼつかない人がある中、長男は教育隊のプログラムを無事にこなし、今では某護衛艦で働いています。



長男を見捨てた高校の教師「Y]。令和新撰組の某党首と同姓同名。

今でもひっぱたたいてやりたいのですが...

こんな「Y」教師でさえ、守らなければならない。

国や国民を守る自衛隊、自衛官にはもっと自信をもってほしい。」

次回は総括を送りたいと思います。












posted by おはなはん at 00:02| Comment(0) | 子育て | 更新情報をチェックする
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